雨漏り・雨樋修理から屋根葺き替え、誠実かつ丁寧な仕事でお客さまに安心を
エムケー工業
エムケー工業は茨城県下妻市高道祖に拠点を構える屋根工事店です。瓦や金属屋根(ガルバリウム鋼板屋根)の工事、雨漏り修理、雨樋工事をメインに手掛けています。お客さまとの信頼関係を築き、小さな修理から大規模な葺き替えまで行う盤石な技術力で地域に貢献しています。
工事店の想い
PERSON
理解ある大人が導いてくれた道。ただの高校生だった自分が勉強を重ね、一級技能士へ
エムケー工業は茨城県下妻市高道祖に拠点を構える屋根工事店です。瓦や金属屋根(ガルバリウム鋼板屋根)をメインに雨樋(あまどい)工事を手掛けています。創業は2011年、瓦葺きでスタートした工事店ですが、時流に合わせ需要の高い金属屋根にも対応できるよう、技術の幅を広げてきました。
代表の松崎寿行さん(以下、松崎さん)は、茨城県で生まれ育った地元人です。高校に行かない時期が続いた状況の中、そうならないように奔走してくれたのは校長先生や担任の先生だったそう。そして修業時代の親方は厳しい人ばかりでしたが、その中には資格を取るために全力で協力をしてくれた人もいました。人生の局面で出会った器の大きな人たちとのエピソードを交えながら、これまでの歩みや仕事への想いについてお話をうかがいました。
「高校生の時はやんちゃしていてね。でも先生たちが、自分を見捨てなかったんです。そして在学中に瓦屋の社長と知り合って『そんなんじゃ就職が決まらないだろう。卒業したらうちに来い』と言ってくれたんですよ。卒業式の日に本当に雇ってくれるのか確認しに行ったら、明日から来いと。春休みがなくなるって言ったら『遊んでる暇なんてねえぞ』と言われてすぐに働き始めました。でもあの時、春休みに遊んだらもう働く気がなくなったと思うので、それでよかったんですよ。自分のまわりにはいい大人がいたんだなと…」
瓦は横に縦に並べるだけ──屋根を見て簡単に考えていた松崎さんですが、そう一筋縄ではいかないのが瓦葺きです。現場で「簡単そうですね」と口にしてひどく怒られたといいます。
「一人前になるのに10年はかかると聞き、じゃあ28歳で独立しようって決めたんです。その瓦屋には5年、次の板金屋さんに1年いたかな。板金屋をやめたのは5年やった瓦の仕事が捨てきれなかったからなんです。板金屋さんが『絶対独立しろよ!』と送り出してくれました。そして自分を鍛えてくれた親方は、あと5年で独立すると知った上で雇ってくれたんです」
そして松崎さんは瓦葺きの腕を磨き、二級、一級とかわらぶき技能士を取得。2社目の瓦店の親方は、松崎さんが資格を取るために骨を折ってくれたそうです。実はその頃、結婚してお子さんが生まれ、松崎家はお金が必要な時でした。松崎さんはその頃を「いちばん過酷な時代でしたね」と振り返りつつ笑います。
「瓦屋見習いに戻ったことで収入が下がり、掃除の夜勤もしてね。夜6時に現場から戻って実技試験の勉強、その後に夜勤バイト、かなり大変でした。こんなに働いても収入がこれだけか!と精神的にもきつかったです。ただありがたかったのは、かわらぶきの資格の勉強って、練習の瓦代を給料から天引きされるものなんですが、親方はそれをしない人だったこと。『なくなったらまた買ってやる』と太っ腹な人で助かりました」
当時の松崎さんの働き方は日給月給。一級かわらぶき技能士取得後も、仕事は天候や親方の都合に左右され、夜勤のバイトを含めてもなかなか収入が安定しませんでした。そして2011年、「自分の頑張りが収入に繋がる形を作らなくてはだめだ」と考えるようになり独立を決意したのです。しかし簡単に仕事が舞い込むわけもなく、現場応援や営業活動しかできなかったといいます。
独立後、転機となったのは大規模な化粧造り(※1)の屋根の瓦葺きを引き受けたことでした。大きなお屋敷だったため松崎さんの技術を知ってもらうよい機会になりましたが、宣伝効果を狙った結果、借金が膨らみその後2年間は厳しい時期に。「勝負に出た結果、お金の面で大変な思いをしましたが、その実績が残ったことで今に繋がっているんです」と振り返ります。
今後の目標は法人化を目指し、「この会社に頼めば大丈夫」と思ってもらえる体制づくりです。職人の確保が課題ですが、働きやすい環境と適正な給与体系を整えることで働き手を増やし、どんな現場にも対応できる組織力を培えたらと考えています。
※1 化粧造り・・・昔ながらの造りの日本家屋の一種
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WORK
築70年家屋の屋根全面改修から雨樋清掃まで。高い技術ときめ細やかな作業で対応を
茨城県下妻市高道祖のエムケー工業は、屋根工事をメインに施工する屋根工事店です。瓦や金属屋根(ガルバリウム鋼板屋根)、スレートなど各種屋根材による工事や雨樋修理、雨樋清掃などにも対応可能。その他屋根以外の住宅工事は、窓口となり協力工事店と共に対応しています。
松崎さんがお客さまとのやり取りで心がけているのは、相手の立場に立つことです。「素人の方にもわかりやすく説明したい。写真を使ったり、近くにある同じ屋根材の家を例に出したりして、具体的にイメージしてもらうようにしています」とのこと。見積り提出の際も、お客さまに携帯電話で撮った写真を見せ、完成イメージが湧きやすくなるよう努めています。
これまで最も印象に残っている施工事例は、築70年の入母屋屋根の大規模修繕だそう。その家の屋根は、地震の影響でセメント瓦の一部が崩れ落ち、2畳分ほどの穴が空いていました。それだけではなく、家中に何十箇所もの穴がある状態。ご家族の病気などですぐに修理ができない事情があり、長年放置されていたのです。
「屋根の上から洗面化粧台やお風呂が丸見えの状態でした。家の中には傘が置いてあり、雨の日はトイレも傘をさして使うほどでした。新築も提案したんですが、解体費用を考えると難しかったんです。亡くなった旦那さんが思いを込めて建てた家だから外観をあまり変えたくないとおっしゃっていてね。予算が厳しい中、瓦屋根にこだわったのはそういう理由があったんです」
古いセメント瓦を撤去し、腐った垂木(※2)を交換して新しい陶器瓦で葺き替えをすることになりましたが、いざ工事が始まると家自体を支えている梁も傷んでいるとわかり、修理は屋根だけに留まりませんでした。古い化粧づくりの家だったため、垂木は既製品では足りない太く立派なもので、オーダーメイドで加工する必要があったほどです。
「あちこち傷んでいて大変でしたが、ルーフィング(※3)を張った時点でお客さまが『屋根ができた』と喜んでくださってね。家の中に雨が降っていた状態だったので、床も傷んでいたんですが、屋根修理が終わってから室内の修理の話をしましょうということになりました」
茨城県下妻市高道祖の屋根工事の特性を尋ねました。下妻市は茨城県の内陸部に位置しているせいか、台風や強風の影響をうけにくいと松崎さんは感じているそう。しかし東日本大震災の直後、色々な瓦屋根に触れた結果、瓦を葺く際は全数釘打ちや銅線での結束を欠かさず、丈夫な瓦屋根になるよう最大限の努力をしています。
「特別なことをしている意識はないんですけどね。震災後に色々な業者さんの瓦葺きを見て、よい葺き方と悪い葺き方がわかり、全て留めた方がよいとそう思えたんです。10年後、20年後に、地震とかの大規模な災害に遭っていないのに瓦が落ちてきたらしっかりとフォローします。でもうちではしっかり止めているので、まずないと思います」
※2 垂木・・・屋根の骨組みの一種
※3 ルーフィング・・・屋根材の下に敷く、防水シート
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MESSAGE
小さなお困りごとでも遠慮なく相談を。屋根に限らず、住宅のお悩み全般の窓口でありたい
エムケー工業では、完工後の不具合には迅速に対応しています。気になる個所があれば、すぐに連絡をしてくださいとのことです。
「自分の仕事に対しては、最後まで責任を持ちます。施工後に何か気になることがあれば、気兼ねなくお知らせくださいね。現場が近くであるような時は、ご挨拶に寄らせていただく場合もあるかもしれません。その際は、屋根に上がるのは難しいかもしれませんが、下からの目視点検で異常がないかどうか確認させていただきます」
最後に「やねいろは」をご覧になっている、雨漏り修理や屋根の劣化でお困りのお客さま、そして屋根リフォームや屋根修理を検討しているお客さまへメッセージです。
「小さなことでも悩まず電話してください。例えば雨樋の継ぎ手から水がポタポタ漏れているとき。ご自身でシーリングする方もいますが、結局業者を呼ぶことになりがちです。『こんな小さなことで』と思わず、危険なので自分でやらずに相談してくださいね。屋根材の種類、瓦や板金についてもどんどん聞いてください。建物に載せられない屋根材もありますから、それも全て説明いたします。疑問点を聞くだけでも全然構わないんですよ。弟が大工をやっているので、色々な業者さんを紹介することもできますしね。お問い合わせお待ちしております」
まずは自分の仕事を見てもらいたいと、松崎さんは最後にそう言葉にしました。エムケー工業は、お客さまの声に真摯に耳を傾け、誠実な対応を心がけて信頼関係を築いてきたのです。技術力はもちろんのこと、人と人との繋がりを大切にする姿勢が、エムケー工業の最大の強みなのだと、そう感じた取材でした。
(2025年8月取材)
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取材後記
エムケー工業
安全な外装工事のため作業の周知を
仕事に熱心で誠実な人。取材を通じて感じた松崎さんの人柄です。本文には書ききれませんでしたが、松崎さんには手のひらや足の皮がむけて血だらけになってしまう皮膚疾患がありました。高所での手作業という屋根職人の仕事を考えると、その疾患を抱えて修業を積むのはどんなに大変だったか想像がつきます。年齢を重ねて症状は落ち着いたそうで、今は「転職したからって治るものではなかったしね」と明るく話していました。松崎さんの強い精神力を、目の当たりにしたエピソードでした。
人との繋がりを大切にする心
松崎さんの全ての行動は、お客さまに安心してもらいたいから──
屋根上で作業中でもお客さまから声を掛けられた場合は、可能な限り下へ降りて話を聞き、また、工期中は作業の連絡を怠らず、お客さまとコミュニケーションを毎日取るよう心掛けているそう。知らない職人が敷地内に出入りするのは、工事のためとはいえ、お客さまにとってけっこうな負担ですよね。松崎さんの言う、「お客さんの声をちゃんと聞きたい」がきちんと体現されていると、そう思った取材でした!
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工事店プロフィール(エムケー工業)
| 一番の強み |
職人の中でも高い技術を基に細やかな作業を行い、屋根に限らず、住宅のお悩み全般の相談ができるところ |
| 会社名 |
エムケー工業 |
| 対応工事 |
|
| 従業員数 |
社員:2名 |
| 保有資格者 |
一級かわらぶき技能士:1名
二級かわらぶき技能士:1名
巻上げ機運転者:1名
丸のこ等取扱従事者:1名
研削砥石の取替え等の業務に係る特別教育:1名
高所作業車運転者:1名
職長安全衛生責任者:1名
足場の組立て等作業主任者:1名 |
| 特徴 |
リフォーム業
瓦屋根工事業
金属屋根工事業
その他屋根工事業
雨樋工事業 |
| 対応エリア |
関東地方
|
| アフターフォロー体制 |
何か不具合などございましたら、迅速に対応致します。 |
| やねいろはケア |
未対応 |
| 代表者 |
松崎 寿行 |
| 代表者経歴 |
エムケー工業 代表
1977年3月:下妻市立東部中学校 卒業
2000年3月:茨城県立明野高等学校 卒業
2000年4月:有限会社柳原瓦工業 入社
2005年1月:有限会社柳原瓦工業 退社
2005年1月:株式会社イノセ板金 入社
2006年6月:株式会社イノセ板金 退社
2006年7月:渡辺瓦店 入社
2011年1月:渡辺瓦店 退社
2011年2月:エムケー工業 創業 代表 就任 |
| 所在地 |
〒304-0031
茨城県下妻市高道祖4388-2
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|
| 営業時間 |
毎週月~土曜日、祝日 8:00~18:00 |
| 定休日 |
日曜日、年末年始休業、大型連休(ゴールデンウィーク)、夏季休業(お盆休み) |
| 備考 |
2007年5月:二級かわらぶき技能士取得 最優秀賞受賞
2010年3月:一級かわらぶき技能士取得 最優秀賞受賞 |
外壁工事の依頼も可能です。エムケー工業の「かべいろは」掲載記事はこちら