屋根瓦は住まいと人を守るもの。頑丈で落下しない屋根リフォームを

合名会社豊島瓦工業所

茨城県 大洗・ひたちなか

茨城県瓦工事業組合連合会

合名会社豊島瓦工業所

合名会社豊島瓦工業所は、1950年創業の屋根リフォーム店です。専門は陶器瓦の屋根リフォームですが、金属屋根や雨樋工事・太陽光パネル設置工事にも対応可能。瓦屋根診断士が屋根の不具合を見極め、お客さまの住まいにとって最適な屋根修理や屋根リフォームの提案を致します。

工事店の想い工事店の想い

PERSON東日本大震災を機に変化した仕事への姿勢。安心して住める家、安全な町をつくりたい

茨城県那珂郡(なかぐん)東海村の合名会社豊島瓦工業所(以下、豊島瓦工業所)は、1950年創業の屋根リフォーム店です。ここ茨城県那珂郡で60年以上にわたり地域密着で屋根に携わってきました。会社の前身はセメント瓦製造会社。しかし近年は愛知県の三州瓦(※1)が屋根瓦の主流になってきたため、自社製造を休止し瓦屋根工事や各種屋根材のリフォームへ事業を移行してきました。得意とするのは、やはり陶器瓦を用いた屋根リフォーム・屋根修理ですが、現在は金属屋根や雨樋工事、太陽光パネルの設置工事にも対応可能。塗装や外壁工事の窓口にもなっており、住まいの外まわりをトータルで監修できる信頼のおける会社です。

3代目代表社員の豊島一穂さん(以下、豊島さん)は、2017年11月に代表に就任。
「昨年、父が急病で他界して経営を引き継ぎました。あまりに急だったので心積もりが何もなくて。時間があっという間に過ぎていく感じです」
就任時から今までをそう語る豊島さんに、幼少期からこれまでのお話を伺いました。

「小学校は野球、中学高校ではテニス、大学時代は登山。ずっとスポーツをやっていました。でも残念ながら今は全くしていません。もっぱら観戦側です」と朗らかに話す豊島さん。中学校では、本当はバスケットボールがやりたかったそうです。しかし、当時は身長が低かったために断念し、友人と共にソフトテニス部に入部しました。そして高校入学後は硬式テニス部へ。
「高校で硬式に転換、と言うと全国大会でも目指したのかと思われがちですが、私の通っていた高校は硬式テニス部よりソフトテニス部の方が強かったです。軟式は学校の敷地内にあるテニスコートを使ってたっぷり練習をするのですが、私たち硬式テニス部は、学校から徒歩10分の河川敷にあったぼろぼろのコートで練習をしていました」
そして、高校卒業後は1年の浪人の末に地元の大学へ進学。システム工学科を専攻し、ロボットのシステム設計や制御について学びました。しかし、コンピューターに興味があったのですかというこちらの問いに、豊島さんは苦笑します。
「実は、学部は何でも良かったというか……。当時は家業を継ぐ気もなかった上に、すぐに就職も考えられなかった。地元の国立大学に受かったから入学した、それだけのことなのです。子どもの頃の部活動の話にも通じますが、仕事に就くまでは周りの流れにのってのんびりと生きてきた感じです」

学生時代の長期休暇には瓦屋根工事の現場でアルバイトをしていた豊島さんですが、家業を継ぐ気がなかった彼にとって、それは単なる小遣い稼ぎでしかなかったようです。しかし、豊島さんにある転機が訪れます。それは、大学を留年していた23歳の時に訪れた「全瓦連技能グランプリ(※2)」の現場でのこと。
「父の仕事の関係で見学をしたのですが、自分とそう年齢の変わらない職人さんたちの姿を見て衝撃を受けました。瓦屋根リフォームの仕事は手伝っていたので、彼らが何をしているか多少は理解できました。それを見て、単純に格好良い!って。手に職があるのは素晴らしいと興奮して、それをきっかけに瓦職人になると決めました」と、当時を懐かしそうにふり返ります。職人になった今は、若い頃とは違う目線で全瓦連技能グランプリ眺めているそうです。
「自分が職人になってからは、全瓦連技能グランプリに出場する職人のレベルの高さに驚愕しています。あの大会は、軽い気持ちで出場できるものではないですね。仕事の他に練習も必要ですし、かかる費用も莫大です。それに、電動工具を使わずに手作業で美しく納める技は、25歳で職人になった私が一朝一夕で追いつけるものではありません。でも、私も勉強は嫌いじゃないので、ペーパーテスト部門があればイケるかなとか、県代表で戦う団体戦があったらいいのになんてことを仲間うちで想像して、私なりに全瓦連技能グランプリを楽しんでいます」と、毎年の全瓦連技能グランプリを楽しみにしている様子です。

そして全瓦連技能グランプリの後、大学を卒業した豊島さんは、その決意を胸に東京の瓦屋根工事店で修行に励みます。約3年の修行を経て、実家の豊島瓦工業所へ入社。当時は豊島さんの父が取引先を増やし、ハウスメーカーからの仕事も請け負うようになっていたので、会社に職人を増員し始めている時期でした。豊島さんは、与えられた仕事をこなし真面目に勤務していましたが、この時はまだ瓦屋根に対する熱意や、確固たる目標は特に抱いていなかったと言います。
「仕事は面白いと感じていました。でも、早く終わらせて帰ろうとか、どこに遊びに行こうとか、そのようなことばかり考えていました。まだまだ青かったです。『雇われ感』も強かったですね」

そんな豊島さんの気持ちが変化したのは、2011年の東日本大震災がきっかけです。地震発生時、豊島さんは屋根リフォームの休憩に差し掛かったところでした。
「ちょうどコンビニに買い物に行くところで、屋根から下りていました。けっこう大きな地震だと思った矢先、立っていられないほど地面が揺れ出して。その時に向かいの平屋から瓦が崩れてくるのが見えたのです。幸いケガ人は出ませんでしたが、真下にあった車には瓦が突き刺さっていました。あんな重い物が上から降ってくるなんてすごく怖かった。家を守る、すなわち人を守るための瓦が、地震で崩れると一瞬で凶器になるのです。その光景を見てから『絶対に落ちてこない瓦屋根を葺かなくては』と考えるようになりました。ただ、現代の屋根職人として言わせていただくと、瓦の落ちてきた家はかなり築年数の経った家です。土を練ったものを接着剤にして葺いている大昔の施工方法なので、東日本大震災ほどの揺れだと落下するのは当たり前です。今の瓦屋根は、釘を使って葺くので簡単には落ちてきません。余談ですが、映画のシンゴジラの冒頭シーンに瓦が一斉に揺れるシーンがあります。あれは、一般の方が抱く瓦屋根のイメージなのでしょうね。今の工法ならあそこまで揺れませんのでご安心くださいね」と、瓦を愛する屋根職人として、現代の瓦屋根に対する意見も忘れません。

その後、豊島さんは会社の方針で職人から営業職へ変わります。お客さまのニーズを聞くという役割は、豊島さんを成長させてくれました。
「震災後は何もかもが混乱していて仕事をするどころではなかった。でもお客さまを訪問して顔を見るだけでホッとしました。被害が酷い屋根は、私が行ったところですぐにどうにかできる状態ではなかったのですが、『見にきてくれてありがとう』って感謝していただいて……。そんなお客さまと接していたら、おこがましいですが『1人でも多く救わなくては、1軒でも多く直さなくては』と考えるようになりました。快適な住まいは、元気に生きていくための糧ですよね」
話をしながら、時折声を詰まらせる豊島さん。震災後に苦労していたお客さまの姿は、今も胸に焼き付いています。

そして、2017年11月に豊島さんは豊島瓦工業所の代表社員に就任。
東日本大震災の時の辛い経験は、これからの会社の展望にも影響を与えているようです。
「これからも落ちない瓦屋根を葺きます。私たちは阪神淡路大震災の後から耐震工法を積極的に導入してきました。阪神淡路大震災後に施工した瓦屋根に関しては、『東日本大震災の揺れでも、豊島さんに工事してもらった屋根は崩れなかった』という声を沢山いただいています。それを聞いて、安堵感と同時に、とにかくこれからは落ちない施工が絶対必要だと痛感しています。中途半端な仕事はしません。お客さまが安心できる住まい、そして町を目指して、これからも従業員一丸となって精進します。他には、屋根瓦の良さをもっと世の中に伝える活動をしていきたいです。『瓦は重い、危険』そんなイメージを払拭する高品質な屋根リフォーム・屋根修理を世の中に伝えたい。瓦で屋根瓦以外のものを作る試みもあります。商品化までの道のりは遠いですが、いつか紹介できるよう頑張ります」

※1…三州瓦 粘土瓦。寒冷地の気温差に強い瓦で、関東以北での需要が高い。
※2…全瓦連技能グランプリ 全日本瓦工事業連盟主催の瓦職人が技術を競う競技会

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WORK『だろう工事』はご法度。屋根一筋60年のプライドにかけて、半端な仕事で妥協はしない

合名会社豊島瓦工業所は、茨城県那珂郡に拠点を構える瓦販売・屋根リフォーム店です。専門は陶器瓦を用いた屋根リフォームですが、金属屋根、雨樋(あまどい)工事など多岐に渡る案件に対応可能です。

「瓦屋根診断技士の資格保有者がいることが私たちの強みです」
会社の強みを尋ねたところ、豊島さんはこう答えました。豊島瓦工業所には、瓦屋根診断士をはじめ、瓦屋根工事技士、一級かわらぶき技能士など、屋根工事・リフォームや建築工事に関する様々な資格を持つ職人が在籍しています。
「私たちは『ここからの雨漏りだろう、こうしておけばよいだろう』という半端な『だろう工事』はしません。まず診断士が原因を突き止める。そして的確な解決法を提案する。その補修やリフォームの提案内容も、お客さまのご要望や建物の築年数を考慮して判断します。ガイドライン通りの施工方法が必ずしも正解ではないのです。2011年の東日本大震災では、様々な屋根損壊のケースを見てきました。素材や築年数によって壊れ方は違います。そうなると当然、補修方法も違います。資格保有者がいるのも強みですが、弊社には東日本大震災で苦い想いをしながら経験を積んだ職人が大勢いるので、瓦屋根・金属屋根どちらの屋根でもスピーディに対応できるのがもう1つの強みでもありますね」

豊島瓦工業所のホームページには、「日常の五心」(※1)という言葉が掲げられています。

一、ハイと云う素直な心
一、すみませんと云う反省の心
一、わたしがしますと云う奉仕の心
一、おかげさまと云う謙虚な心
一、ありがとうと云う感謝の心

豊島瓦工業所が、仕事をする上で大切にしている信念がここに記されているのです。
「これは父が気に入っていた言葉です。従業員全体に向けたものですね。この言葉がいつも念頭にあれば、お客さま目線になれるという考えです。特に職人は腕が良いけど口下手な人が多いので、作業中の態度が悪気なくぶっきらぼうになりがちです。無愛想だとお客さまを不安にしかねませんので、いつも笑顔を忘れない気持ちでという願いも込められています。本当は笑顔の練習もしたいですね。お互いが笑顔でいれば、現場の雰囲気が良くなりますから。技術を磨くのも大切ですが、まずはお客さまを安心させられる職人になってほしいです。帰り際の掃除や点検も自分の基準で終わらせず、お客さま目線で判断するよう日頃から言っています」

次に実際に屋根リフォーム・屋根修理に至った雨漏り対処事例についてお伺いしたところ、最近は壁からの雨漏りが非常に多かったとのこと。
「最近の雨漏り修理の半分くらいは壁からの事例ですね。多いのはサッシ周りのシーリング(※2)や木枠の劣化など。目視でわからなかった事例では、ベランダを止め付けているビスの周りから漏っていた例がありました。それは、散水試験をしてやっと判明しました。町を歩いていると、モルタルの壁にクラック(※3)が入っているのをよく目にしますね。単純にひびをなぞってシーリングしても、いずれ雨漏りをしてしまいます。それはVカットといってクラック部分を広げてシーリング剤をたくさん注入して外からの水の侵入を防ぎます。そして、その後に塗装をかけるのが壁の雨漏り修理としては理想です」
豊島さんは、壁からの雨漏りの原因は、やはり地震の影響が大きいのではないかと言います。ただ、屋根リフォーム業者として悩ましいのは、壁の雨漏りを根本的に直すにはかなり大がかりな工事になってしまうことです。
「瓦屋根は瓦の一部を取り外して修理ができますが、壁はそうはいきません。もちろん時間と予算が許せば壁を壊す工事も可能です。でも大抵の事例はシーリング剤を用いた施工になります。外側から水が入らないように補修しますが、壁の内側を考えるとまた数年後が心配ですよね」

最後に、茨城県那珂郡の屋根修理の地域特性についてです。
「気候に関しては茨城県那珂郡だからという特徴はさほど感じていません。台風も冬の寒さもそれなりですね。台風や地震対策については基本的に全瓦連のガイドライン工法に沿っていますが、雨漏りに関しては独自の工法を用います。例えば瓦の止め付け。ガイドラインでは釘は長めで、野地板(※4)を貫通させる工法です。でも私たちは、釘の貫通穴が雨漏りの原因にならないよう、野地板を貫通させないやや短めの釘を使用します。平瓦は全数釘止め、軒先は三点止めですね。しかしこれも一概に正しいとは言えません。お客さまが違う工法を希望する場合もあるので、そんな時はメリットデメリットを両方説明した上で工法を選択してもらうようにしています」


※1 日常の五心…出典は不明。ある仏教の宗派から広められた言葉との説もある。社訓や校訓、心得などに用いられることが多い。
※2 シーリング…目地や隙間などに合成樹脂や合成ゴム製のペーストを充填すること。コーキングともいう
※3 クラック…ひび割れ
※4 野地板…屋根材の下地

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MESSAGE耐震・補修・リフォーム。気になることが全て相談できる「住宅のかかりつけ医」を目指す

豊島瓦工業所のアフターサービスは、屋根工事・リフォーム後のお客さまに、不定期で声かけをして点検を促しているとのこと。また年賀状を送付し、「何かありましたらいつでも連絡をください」の一言を必ず添えているそうです。
「屋根リフォームを希望されるのは、築年数が経っている住宅だからです。そうなると、新築してくれた時の工務店が閉店していたり、または一人親方だった棟梁が亡くなっていたりする場合が多いようです。リフォームや修繕をどこに頼むか悩むと思います。そんな時に気がねなく呼んでいただける『住宅かかりつけ医』のような存在になりたいです」

最後に、「やねいろは」をご覧になっている、屋根の不具合でお困りのお客さま、そして屋根リフォーム・耐震補強などを検討中の方へメッセージです。
「ご自宅の築年数にもよりますが、東日本大震災後に全く点検をしていない方、もしくはお住まいの家の劣化で不安がある方は、ぜひ一度、弊社の屋根診断士の無料点検をお勧めします。最近の地震発生の頻度を考慮すると、耐震補強・耐震改修をしていない家はやはり危険です。点検では、耐震についてはもちろん屋根瓦や壁、住宅全体の状態を確認させていただきます。耐震対策、雨漏り対策として、今すぐ補修が必要な箇所、数年後に補修が必要になりそうな箇所を明らかにして、丁寧にご説明させていただきますので、お客さまのライフスタイルを考えたうえで、屋根リフォーム・屋根修理や内装リフォームをご検討ください」

豊島さんは耐震工事のエピソードの最中に次のような言葉を口にしました。
「家を逆さにしても瓦が落ちない施工をしています」
これは、決してふざけて発した言葉ではありません。ここには、豊島瓦工業所が屋根リフォーム・屋根修理一筋で歩んできたプライドが込められています。実際には、家を逆さまにする状況はまずないでしょう。しかし、東日本大震災での大きな揺れや津波、毎年のように各地を襲う大雨など、家が逆さまになる災害は決して未曽有の出来事ではなくなってきています。
今回の取材では、豊島瓦工業所の3つの揺るぎない想いを目の当たりにしました。
瓦が一瞬にして凶器になる恐ろしい光景を、後世の人たちに二度と見せまいとする決意。
屋根瓦は、住宅、そしてそこに住む人たちを守るためのものであるべきだという信念。
機能性や耐性、日本が誇る伝統的な家屋の風景、屋根瓦が持つこの素晴らしい特性を途絶えさせてなるものかという職人の意地。
屋根瓦に対するこれらの、決意、信念、意地。
その想いを胸に、日々屋根リフォームに真摯に取り組む会社がある、それを正しく世の中に伝えなければならないと、身に染みて感じた貴重な取材でした。

(2018年7月取材)

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屋根工事店プロフィール屋根工事店プロフィール(合名会社豊島瓦工業所)

一番の強み 迅速なサービスで、お客さまに安心、安全、笑顔を届けられるところ
会社名 合名会社豊島瓦工業所
対応工事
  • 屋根工事
  • 樋工事
  • 太陽光工事
  • 塗装工事
  • 瓦屋根
  • 金属屋根
  • 陸屋根
  • その他
  • 外壁塗装
  • 屋根塗装
従業員数 社員:5名 専属外注2名
建設業許可 茨城県知事許可(般―28)第29588号 屋根工事業
保有資格者 ・一級かわらぶき技能士 3名
・二級かわらぶき技能士 1名
・瓦屋根診断技士 1名
・ROOGA施工管理者 1名
特徴 屋根工事業
樋工事業
太陽光工事業
対応エリア

茨城県

  • 北茨城・奥久慈・日立
  • 水戸・笠間
  • 大洗・ひたちなか
アフターフォロー体制 工事後は年賀状を送らせていただいています。
また、不定期で点検をさせていただいております。
代表者 豊島 一穂
代表者経歴 合名会社豊島瓦工業所 代表社員
1991年3月:東海村立東海南中学校 卒業
1991年4月:茨城県立日立第一高等学校 入学
1994年3月:茨城県立日立第一高等学校 卒業
1995年4月:茨城大学 入学
2000年4月:有限会社瓦・造形にらつか 入社
2003年3月:有限会社瓦・造形にらつか 退社
2003年4月:合名会社豊島瓦工業所 入社
2017年11月:合名会社豊島瓦工業所 代表社員 就任
所在地 〒319-1111
茨城県那珂郡東海村舟石川641 大きな地図で見る
営業時間 毎週月~土曜日 9:00~17:00
定休日 日曜日、祝日、大型連休(ゴールデンウィーク)、年末年始休業、夏季休業(お盆休み)

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